泉喜三郎について
泉喜三郎とは、とんぼ玉職人の名です。
かつで江戸時代は大坂で活躍した玉つくり業者のひとりとされています。
また、明治時代の初期に活躍した職人だともいわれています。
しかし、その出生や生涯については詳しくは知られていないようです。
そして時代は過ぎ、21世紀になって
泉喜三郎を名乗る一人のとんぼ玉職人が登場してきました。
その男はとんぼ玉の中でも最も難度が高いといわれている技法「水中花」をさらに進化させた
「天空の花」をひっさげてわたしたちの目の前に現れました。
最も難度が高いといわれる技法をいとも簡単に進化させた喜三郎ですが、
彼の工房は非公開のため、どのように作られているのかはほとんどの人は知ることができません。
なぞにつつまれたとんぼ玉職人、泉喜三郎。
今でも、彼は腕を磨き続け、技法は進化し続けています。
泉 喜三郎 略歴
1942年 飛騨の国 神岡に生まれる
1961年 国立音楽大学入学
1965年 国立音楽大学卒業、東京ユニオン入団、プロの演奏家となる
1971年 スタジオミュージシャンとして各種レコーディングに参加
1972年 アジア、アフリカへ放浪の旅に出る
1973年 カブールにてとんぼ玉と運命の出会い、アフリカ・インドにてとんぼ玉ビーズ作りを修行
2000年 帰国後 工房「ライジングサン」を開設
2008年 「天空の花屋」に作品を掲載











